「親に感謝」「友に感謝」「大学に感謝」 |
夢と目的を持って最後まで諦めず結果をだしていく!努力をした人が、必ず報われるとは限らない。だが、努力しなければ決して報われることはない! |
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株式会社損保ジャパン 主査 日地谷 壽夫さん (S45 短期大学部自動車工業科卒) |
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夢の実現を目指して大阪産業大学へ | |
自分は幼いときから自動車が大好きで興味がありました。そう云う関係の大学に行きたい、仕事に就きたいと思っていました。将来は自動車整備士になり、工場を持つことが夢でした。 父親に相談したところ、当時、大阪の布施市(1967年布施市、河内市、枚岡市が合併し、大阪府下31番目の市として東大阪市が発足する。布施市は現在の東大阪市西部にあたる。)に、伯父、叔母がすんでいるとの事で、大阪産業大学の自動車工業科に入学しました。 |
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仕事について | |
学生生活の思い出は、生駒寮での生活と阪駒祭のバザー、少林寺拳法の部活です。卒業後は直接宮城県には帰らず、途中の東京で就職、トヨペットサービスセンター(現在:テクノクラフト)に就職しました。勤務先は横浜市、東京江東区で整備の仕事をし、その後、車検フロント、事故フロント等で8年程勤務の後、安田損害調査株式会社(現在:株式会社損害保険ジャパン)に転職、千葉県西船橋市の自動車研修センターで2週間、合宿生活での研修後、初級技術アジャスター試験に合格、その後3級、2級に合格、現在まで勤務しております。 仕事の内容は、交通事故車両の修理見積作成、交通事故の過失割合の判断等、交通事故の解決です。数年前に定年になりましたが、再雇用として現在も勤務しております。 |
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感謝の心 | |
整備工場を経営したいという夢を持っていましたが、保険会社に勤務後は各地に転勤する事が多く、時代の流れの中、夢は知らぬ内に消えていました。 最後は仙台で転勤することになり、大変感謝しております。私がこのように長く勤めることができるのも、2級自動車整備士、2級技術アジャスターという資格のおかげです。感謝しております。当然、大阪産業大学を受験するように助言してくれた父親にも感謝しています。 |
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東北大震災 | |
残念ながら父親は亡くなりましたが、母親は元気で毎日顔を合わせながら生活を共にしています。 ちなみに、東北大震災当日(平成23年3月11日金曜日)は、母親が一人で仙台市内へ買い物に出掛けていて、未明の午前2時頃に帰宅いたしました。 |
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震災後2年経った(平成25年7月) |
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後輩学生にお伝えしたい | |
大学時代は楽しい学生生活を友と過ごすことができ、また、2級自動車整備士の資格も得られ、感謝しています。 学生の皆様、後輩の皆様には夢と目的を持って、諦めず、結果を出していただきたいと思います。努力をした人が必ず報われるとは限らない。だが、努力しなければ、決して報われることはない。是非ともその様な日々を送っていただきたい。 「親に感謝」、「友に感謝」、「大学に感謝」、感謝、感謝、感謝です。 |
取材場所:仙台市内にて | |
これからもますますご活躍されることを祈念しております。 | |
(記事・レポート:広報事業部 梅原一男) |